2018年3月28日

運命なんてそんなもの

Giuliaがやってきた。

先代のワンコが居なくなってもう1年と数ヶ月たったか。
犬の居ない暮らしはしたことないが、初めて飼ったメスで良く懐いて可愛かった....。思い出深く悲しみはいっこうに癒えないでいた。そんなとき、妻が犬を見に行くと言い出して、見るだけだからと強引に連れ出された。それ以前からいろいろな犬種や引取犬情報等を検索してはいたのだが、実際の話となると身が引けてナマ返事ばかりしていた。見るだけを真に受けて三鷹へ行く。
ソコにはウィペットの2ヶ月の子犬が二匹。
ウィペット自体は僕のお気に入りの犬種。憧れはグレーハウンドだが日本で売ってないし、イタグレは小さ過ぎて扱い難しいし、以前どこかで出会った印象がすごく良かったし中間サイズのこれが好みではあった。
目が合った。
それが全てであった。
そして今、我が家の居間に居る。
名前はジュリア。
運命の流れは、案外そんなものなのかもしれない。

我が愛車、GIULIAは車検を止めて早7年か。近所の屋根付き駐車場に止めてある。そばといっても目の前に無いとほったらかし、ここ数年見にも行ってない。
我が家の庭を整理してスペースが出来たので、経費節減のためウチに連れて来る事にした。再スタートにあたってタイヤの空気、バッテリー等軽く整備したらブレーキが生きてる事が判って、妻に手伝ってもらって牽引で引っ張って来た。
久しぶりに目の当たりにして心が揺れる。
ロールバーを潜り内装剥がした粗野な空間に座り込んで物思いに耽る。
「おかえりなさい」である。
コイツとの出会いもフラッと訪れたんだっけな。
運命なんてそんなもの。
そう言えば僕はいろいろな事にマミレているが、それら全ての出会いはソンなものであったっけ。
あれっ、妻も...。


家の縁石を乗り越えるのにセルパワーを使ってたらピニオンギアの飛び出しが...!。

2018年2月8日

ミッション インポッシブルだぜっ!

最近、学習塾を始めた!?。
えっ!だろ、そう実にオヨヨな話である。
実際は近所の友人のご子息1人だけの専属教室なのだ。

国語がかなりヤバいという。英語は、僕は将来も海外旅行はしないから、と完全に拒否しており零点が続いているらしい。シングルマザーで朝から晩まで忙しく自分では面倒見切れないらしく、このままだと高校に上がれないと悩んでいた。そういういきさつでよっしゃ!と後先考えず勢いだけで引き受けた。相手は中学生なので、ボケの入った僕でもどうにかなる...はずであろうと、「任せなさい」とやらかしてしまった。まぁ専門分野なら非常勤講師を10数年やっていたこともあるので教師ぶりは任せてもらいたいわけだが、今更教科書を見せてもらうと...むずかしいんであった。
さ~て作戦は?無い。
いきなり点数が取れる様に詰め込むていうのは無理だろうと考えた。拒んでいるのであるからして、向き合える様にするところから始めなくてはならない訳だ。それには何より授業が面白くてはならないんだな。どうするかって?学問力じゃない、工夫をこらしたオモシロ講義と言う訳でもない。ポイントはその子の個性とちゃんと向き合い意識を共有する事にある。子供4人育てて来たスキルだけが武器なのだ。
週6日/1~2時間で、ほぼ1ヶ月が過ぎた。
先日来るなり破顔、小テストで初めて24点取れたと嬉しそう。
親御さんもビックリしている。
先生も驚いたらしい。
いや、なんの僕が一番嬉しい。

零点小僧が1ヶ月で24点は僕の教え方だけじゃ無理。本人が勉強と向き合える様になった事にこそあろうか。
ミッションは成功しているようだ。
目前の難関は今月末の期末試験!目標は15点だ\(^o^)/。

しかしこの先、僕のブロークンイングリッシュではヤバいだろ。3年になったら文法が一層難しくなるよな。苦手だったし記憶もヤバい、上手く教えられないんだけど...どうしよう(^_^;)。


追伸:テストが返って来た....15点!(-_-;)

2017年11月27日

ゴッホの隣席

若い頃フランス/シャルトルに居た時である。近所のマルセイユ出の家庭によく招かれていたのだが、彼ら南仏地方では夕食前の1時間程をアペリティフと言って近所の友人達を招いてクッキー等軽いツマミで会話を楽しむのが習わしであった。その時に飲むのが主にパスティスの水割りでした。
パスティス、つまりは禁酒法時代にアブサンの代用品として欧州で広く出回っていた酒である。水で割ると白く白濁するのも同じだし、味は段違いだが方向性という点で同様な種です。一般家庭では解禁されてからもアブサンの半値で買えるパスティスがメイン。そういうモノに触れていて馴染んでいたのを懐かしむ様に帰国後からず~とこれらを嗜んで来たのでした。
という訳でこういう薬草酒にハマっているのが嵩じて、娘とその飲み仲間氏とで興味本位で恵比寿にあるアブサン専門と聞こえるバーにくり出した。他のバーではアブサン等クセの強い酒は嫌われており、これのカクテル等存在しないと言われてしまうのが常だが、此処にはいろいろ揃っている。その上、驚く程旨いんであった。新発見だ。
アブサン+ジン+アーモンド?+卵白+砂糖、これはハマる。
アブサン+ウイスキー+ポートワイン、ゲホッ〜ハードだ。
ベースのアブサンが5〜60度、いずれも強者ばかりだぜ。
控えてるアルコールの反動...たまにはアル中気分に浸りたいものさ。

遠くてよかった...

2017年11月22日

一件落着

なんだか久しぶりの車ネタだな。
それだけ何事も起らなかったのが嬉しいやら寂しいやら。
今回の2CVトラブルは先月の南会津出張にまつわる長距離移動で、高速運転中(とは言っても80~85㎞巡航です)に突然アイドリングしなくなってしまった件である。加速も巡航も何の変化も無く問題無しなのだが、スロー系が機能しなくなった症状であった。また、そう判断したので自宅まで運転し帰宅。

さてSOLEX、とはいっても2バレルキャブは初めて。HAYNESのマニュアル見ても?。寒いし、ばらさずに出来る事を試みてみた。クリーナーで取りあえず見える範囲で各部洗浄。スロージェット、FUELフィルター、ミクスチュアボルトを抜いて経路を洗浄。おやおや?燃料がシミ出て来る?のに気付いた。え~、キャブ廻りのボルト類が全部!緩いではないか。マニへの取り付けボルト4本は均等に軽々15度は回る。キャブの蓋ボルト5本も同様だ。負荷が掛かった時だけ染みてるよう。これだけ染みてれば臭ったはず。いままで何故か気が付かなかった。
年かしら...嗅覚までいかれたのかと少々落ち込む。
また、クリーナーをキャブ下部に吹き付けるとアイドリングが変化する。エアーも吸ってるみたいである。マニ接触部と、おやスロットル軸受け部もあやしい。
前任者は相当締め込みがユルイ方だったらしい。
ガソリンですからね気が付いてよかったです。
こうした試みにて乗れる様にはなったが、まだ本来のスロー機能は完全復活しない。
しょうがないので、キャブを外して丸ごと洗浄することを決心。
エアクリBOXはずして、ツールが掛からないのでオイル注入口もはずして...久々にボンネットの中で楽しいゲームです。
そっくり外して、全部バラして丸洗い。
新たな難問に突き当たる。フロート室にけっこうな量のゴミを発見。何かから剥離したような薄い5ミリ角程度の異物がユラユラしてる...思わずニヤリ、犯人にたどり着いた。
無事逮捕。やれやれ、オーバーホールを済ませサッパリしたキャブを組んでお見事完全復活です。いや、トラブル以前よりフケの印象が少し良い方向に変化したみたいだ。僕の場合旧い車だし、チャンと治るってあまり覚えが無いが、実に溜飲が下がる出来事でした。

2CVはガソリンタンクは樹脂製で錆びないはず?。
キャブにも細かいメッシュのフィルターがある。そこには全くゴミはなかったし。
勿論エアークリーナーもある。
ココに何処からどうして入ったんだろう?。ナゾである。
程度の良い個体でバラした形跡はないようなので組み立て時の事か?。素人的に緩いボルトトルクから考えるに前任者メンテ中の不注意だとも言えようか。
まぁ30年の経過の中でいったい何があったのか、すっかり灰色になった脳みそで考える程になぞは深まる...。

愛も深まる♡。

2017年11月14日

冥土の土産に

今年もやってきました、11月と言えばあの大会。埼玉の小さな会場は参加者があふれてしまい待機所は外駐車場のマイクロバスっす、寒む~。

去年から始めた800mFrリレーです。ワールドランキング入りした鳴り物入りの大会です。ド素人が夢の様な結果に浸れるのに味をしめて恒例としたのです、さ〜て。
去年は僕のタイムが悪かったし、その他も不本意だったようで一年間みっちり?練習を重ねて再挑戦です。目論見が成功すればさらなる好結果が期待できるワクワクのチャレンジ。
その結果は、去年の記録を9秒も短縮する事に成功しました\(^o^)/。
ワールドランキングはすぐには出ませんが、とりあえず大会新記録。
年寄りには200mは長丁場。最初の50mは勢いで入ります。次の50mはその勢いをキープ。そして魔の三本目、疲労も乳酸も溜まって苦しさはピーク。いつもここでビビってペースが落ちてしまうのですが、気持ちをかき立ててもがきます。最後は後50mだという安堵で残った体力全てを解き放ってスパートをかけるのです。そうしてリレーって気持ちが乗るんですよね。チーム一体になってのアドレナリンは特別のようです。ガッツな結果にハイタッチ!。
最近3年程か、寄る年波には勝てず結果が低迷していて楽しさを削いでいたものですが、久々に心ゆくまで美味しい酒を飲む事ができました。

ランキング発表は半年先...待ち遠しいぞ。
はて?我々がランキング入り出来るのは、ちょっと不思議なことではある。確かにその他の種目では恐ろしい程のタイムが並んでいて手が届くレベルではない。
海外では公認競技用プールはほとんどが50m長水路だそう。なので25m短水路競技はメインではないらしい。その上、大会数が少なく人気のない種目である辺りが核心の様だ。それだって良いではないか、取りあえずBOOKに乗った事実は自分の中では十分な名誉です。

おしゃべりな妻が誰彼かまわず言いふらすのには参ってる(^_^;)。

2017年11月8日

夜明けのコーヒー

此処ん処、当地の事務所に協力を求められて、定期的にカメハウスを利用出来る幸運に恵まれている。
ここ5年、此処に来るは単身である。
家族からはカメハウスの話題はすっかり無視されている。絶対的に不便なので誘われるのを極度に恐れているのである。関連の話が出ていると僕のそばには近づかない様にして居るのだ、と思っている。
一人はイイもんだ!。
負け惜しみではないぞ。何をするにも自分の判断だけでいい。
朝、歳のせいなのであろうが、飲んでいても6時には目が覚めてしまう。此処に来て寝たいだけ寝ていられるとは言っても染み付いた貧乏性は抜けないのだ。追い打ちをかける様にリセットし忘れた有能なiphoneが容赦ない。せめて10時までは寝たいなぁ。
身を起こして暫し呆然する。
この間10分...自分でも長いなぁと気付いてヤメる。
おはようと、言う相手も無いし忘れてしまっていい。顔を洗うのだって忘れてしまえるし、歯磨きもつい...。ひげ剃りなんて必要も無い。どだい洗面所も無いし、水は汲みに行くのが面倒なので節約が基本なのだと言い訳ける。起きて兎に角コーヒーを湧かす。一人分で事足りる。味なんて気にするのさえ忘れる。昨晩の飲み過ぎがたたるのであるが、喰いたく無ければメシも忘れてしまえる。忘れてしまえるのなら作る面倒からも解放される。
妻に言わせると潔癖性で神経質な僕なはずなのだけど、コレを自由と言うのである、な。

カーテンを引く。スコーンと抜けたブルーが目に飛び込む。秋晴れの雲一つないイイ天気だ。「サイコー」と独り言。
寝床に埋もれていても仕方ないので、ざっくりと着替えて(全部ではない)散歩に出る。寝間着では寒いのでストライプの入ったジャージを重ね、ニット帽を深めに被る。どう見てもこの村の朝に出くわす地元の年寄り風情だね。つまり、とても此処に相応しい佇まいとでも言ってしまおうか、人っ子一人居る筈の無い秋のスキー場だけど誰も怪しいとは思わないだろうな、と口の中でブツブツ。
声を出す手間も省く。
そして村人一人ぶらりと歩き出す。

紅葉は先週だったかな。
山は、赤や黄色の艶やかな色合いは褪せ葉の落ちた樹も目立ち、錦とは言えず茶色だ。先週だったらなあ。この辺りは針葉樹の植林が少なく広葉樹の見応えある錦絵がとにかくお気に入り。それが見たくて用事の調整を試みるのだけど、30年通っていて絶好機に来れたのはわずか3回でしかない。僕にとって超の付く貴重品なのだ。今年も外したな。
草原のゲレンデを登る。リフト1機分の行程をゆっくりと景色を堪能する。
突然日の光が煌めき眩しさに手を翳す...山々に囲まれているので日の出はこんな時間になる。ぼやけていた茶色の樹々が途端に生気づく。引き際を逸した月が随分薄くなって来ているが、消えるのを惜しむ様に青空に浮かんでる。
気に入ってつい写真を撮る。高校では写真部だったけどその頃から上手く無かったな、と苦笑しながらだ..........そうして期待していなかったのだが帰宅して老眼鏡でやっとマトモに確認したら、見たのより月が随分小さい、それでも案外お気に入りが撮れた。

ほっとするなぁ。
身体の何処かからその「ホッ」が聞こえた気分がする。
我が家は一般的な家庭に比べかなりにぎやかなんであるが、その反動...後遺症にちがいない。
僅かではあるが...寂しい。

2017年10月24日

軽率な野望

マラソン?

スポーツで最も僕に不向きな類いです。
子供の頃から水泳はお手の物でしたが、走るのはからっきしダメ。だから運動会は大嫌い。徒競走はいつもブービーだった。
だけど今回は特別、そんな僕が率先して家族を誘って参加したのである。
ハーフという21キロです。
トライアスロンのランパートは10キロ。練習も出来てなくて...10キロ以上走ったことがない無茶。
大きなお尻の妻はどうやってもこれが限界かと2キロです。
なぜって、色々あって息子を元気にしたかったのだ。
家族皆で走って雰囲気をポジティブに変えたかったんだよね。
それともう一つ、スポーツ仲間の1人が----少々僕より劣っていると思い込んでた輩が----事も在ろうにハーフマラソンで完走したというのだ。このまま放っては置けないとライバル心がメキメキと燃えたからなのである。軽率な野望が後押しです。
家族、総勢9人に声をかけた。で、実際行けたのは4人だったけど、結構盛り上がった。長男次男は仕事が休めず参加出来ず、その代わりと全員のオリジナルデザインTシャツを作ってくれたし。その他も来年の参加を誓ってくれたり、なんだか凄~く楽しい雰囲気を共有出来た。大人になってバラバラになり出してから、久しぶりの家族の和。イイもんです、スポーツのそういう楽しみ方もあったんだね。

さ~て、その顛末であるが、開催を知ったのが遅くて余裕は1ヶ月しかなかった。
普段まったく運動していない、妻と末息子、強度を調整したメニューを課して練習してもらった。そしてそれなりに各自、覚悟を持って臨んだのだが、強烈なハードルが立ちはだかった。
この期には稀な大型台風関東直撃!。前線が刺激されて雨続きの週末となってしまったのだ。
妻が走る土曜日はシトシト雨。ハーフの日曜は土砂降りとなった。
せっかく造ったTシャツも全員雨合羽を羽織っていて見えません。
という天候で初出場が雨、最も心配した妻であったが何と快調に走り完走してしまったのには心底驚いた。膝とか痛めてはと気を揉んだ皆を前に「楽しかった~」と。来年は5キロね、とドヤ顔しきり。
でもこれが後押しか、翌日の土砂降りにも気持ちは途切らせない効果はあったかな。焼き肉食べて指揮上げる。
いよいよ日曜日。
やってやるぞと意気込んでスタートです。マラソンのスタートっていい感じ。トライアスロンではバトルになるっていうのに、皆で走りを共有するような空気がある。隣人に友好感さえ感じるのだ。
運動といってもいろいろやってみないと解らないもんだね。
結果、
娘は酷い雨に恐れをなして棄権。
息子は膝痛を起こして5キロ地点でリタイヤ。
僕はというと、この大会制限時間が厳しく関門が7カ所も設けてあるのだが、16キロ地点で関門にさしかかった僕の目前で突然ロープが張られて、タイムアウトです、と宣告を受けてしまった。
あと5キロ、まだ走れたのに悔しいです。
結局完走証を受け取れたのは妻一人だけ。
でも何か気分晴々。皆もそう思っているか目が輝いてる。
楽しかった。いい経験でした。
結婚して40年、家族っていいな。

当分妻のドヤ顔に閉口するのは間違いない。完走証入れる額を買ってこいって。

2017年9月19日

心のデトックス

千葉でトライアスロンに出場してきました。
スタンダードディスタンスです。
意気込みとは裏腹に結構たいへんなレースとなりました。
毎度ですけどね、へへへ。

スイムは、九十九里浜は波が荒いため海に近い河口で泳ぎます。
川って流れがあるんですよね。
往復周回路で行きはヨイヨイ帰りは怖い的な(汗)。
バイクは有料道路を閉鎖した一直線往復路。
海を眺めながらの絶景コースです。
木更津の滑走路も素敵でしたが。さらに視界が広がるコチラが印象がよかったですね。しか~し、例の大型台風の接近の影響で海風も一直線に向かって来る状況。やはり行きはヨイヨイ帰りは怖かった(汗)。
そうして風に向かって頑張り過ぎたんでしょうね。後半になって腸腰筋を痛めてしまい踏み込みがキツくなってツラかった~。
先日バイクのセッティングを大幅に見直し、身体のあちこちを測定してコンピュータにかけ算出しプロの手でリセッティング。前半はスピードに乗れて流石に漕ぎ易いと思ったのも束の間、異なったセットに身体が付いて行かなかったみたい。痛めた事が無かった部位を故障です。
ゴールして脚をほぐそうと歩いてトランジットに向かっても痛みが納まらない。覚悟を決めてランスタート。
しばらく走ると痛みが上がってしばし歩いてしまう。
そんな繰り返しとなってテンションも自信もズタズタ。
今まで歩いた事無いのが小さな誇りだったのになぁ。屈辱です。
そういう僕を同情の目で見るギャラリーの声援にも俯いたままでむなしく聞き流すしかありません。
コースに迫る荒れる大海原が水平線までくっきりと美しい。のだが、今日だけはその美しさがかえって重たく心に刺さる。
ゴールは砂浜。砂が重くて痛めた脚にキツいんだ。
ギャラリーいっぱいだし、顔が引きつる....。
タイムは30分落ちワースト。
やっちまったぜ。

Triathlon。僕を引き込んだ友人達は皆さん別な楽しみに向かってしまい、もっぱら1人での参加が続いてます。
何故かヤメられない。
イチローもこんな気分かな(いっしょにするな!)。
いつも酷い目にあってるんだけどな。
これ出ると、自分の中のモノ全部空っぽになる。
意欲も興味も挑む気持ちも体力も気力も功名心も見栄も...何もかも。
そして隅っこに隠れていた悪い気持ちも全部です。
すっかり使い果たしてしまうんです。
そこが魅力と言えば魅力かな。
いやリセット出来る故の快感かな。

おかげで1週間は放心状態だ。

伊達もヤメた。宮里もヤメた。体力の限界が見えて来てヤメようかという気持ちも芽生えてきているけど、僕もう一年!走ります。



2017年7月3日

臨床試験

鎌倉にて行われるオープンウォーターのレースに参加してきました。
一時期は完全に棄権するまで落ちた体調でしたが、随分復調が見られたので気を持ち直しての参戦です。
この日は水温21度、波が荒く白波が立っています。例年一周1.5キロのコースを2周回するのですが、沖の方でウネリが強いらしく、1キロに短縮し、3周回行う様に変更になっています。まあ、波が好きなので荒いのに抵抗は有りませんが、周回が短いのは体調的には気が楽に感じます。
さて取り戻した体調ですが、その初めての検証な訳です。
はたして。
という気持ちでスタート。
中程ポジションにて浜からは走らずにゆっくりとエントリー。
泳ぎ始めてもけっして飛ばさずにゆっくり負荷を上げてゆきました。
500m、そろそろ悪い場合は心肺的変調が出始める頃です。しかしながら何のシグナルも発せられてはきません。胸を撫で下ろしながらもペースは押さえたまま。慎重に泳ぎます。復路は元気が出て楽しむ余裕も生まれました。
自然はいいんです。波があって、塩っぱくて、大海原の景観も最高です。前にも後にも、右も左も自分と同じ様に身一つで必至こいてる仲間の姿に勇気をもらいます。
1周目、陸に上がって経過計測。給水し、決して走らずペース優先で慎重に二周目に向かいます。
2周目、気が緩んできたのもあって少々ペースが上がっています。
3周目、ペースは完全にいつものスピードにアップです。少々膝廻りの筋肉が堅くなってツリそうですが、だましだましで切り抜けます。そうしてゴール。
結局、何も心配する変化は起らずでした。
身体リフォーム実験はみごとに成功です。
楽しかった!。
これでTriathlonに出る自信もできましたとさ。

3キロ/57分。
年齢区分6位。
今なら上出来のリザルトと納得です。
酒ヤメてる甲斐があったということですよね。

今日は土曜日、打ち上げ必至。

2017年6月26日

長生きしたい訳じゃない

絶不調。
去年の秋頃から身体の不調を感じていた。それ以前からも年齢に由来するだろう衰えもあって、何だか急に限界に直面した気分だ。
いろいろスポーツに係わっているので、それらの不調は明確に数値に現れてしまうわけで何となくとかの漠然としたものでは無く、症状や降下率、結果について科学的でさえあるのはむしろ好都合とも言えるだろう。年寄りはスポーツすべきなのだ。

まずは血圧。130~140と歳的にまともだったのが、急に160とか心配領域に突入する様になった。それに連動するかの様に、高負荷の運動時に動悸が起る様になった。そういう心肺機能の低下を感じ、負荷を続けることが困難になるような場面が頻発した。ランニング中に心肺機能が停滞し続けられなくなって歩いた。Triathlonのスイム中に泳げなくなり数分休んだ。普段の練習でメニューが消化できず端折る事が増えた。スイムレースのタイムが平均50m当り1.5秒悪化したーこれは致命的。
フィジカルでは、やたら脚筋が痙攣する様になった。50歳の時は4000mから脚がツったが55は3000m、60では2000mになり、春からはすぐツって、夜寝てる時もツってしまったり、異常な程。
慢性的に肩の筋肉が手が挙がらない程に痛い。温灸したり、マグネシウムでマッサージしたり。
そういう体験を通して衰えと認識しネガティブな考えに捕われて...そろそろ僕は限界なのだと。
挙句、危険な海のレースが怖いと感じる様になり、7月の3㎞は棄権しようか、9月のTriathlonはヤメようか...とか。

そんな折に定期健康診断。
いつも血圧と尿酸値以外まったく問題が無いのであるが、心配していた今年も同様だった。ただその2つの値がかなり上がっていた。
高齢の医者に得々と説教された「貴方!酒やめなさい」。
なんか久しぶりに怒られたなぁ。
心に残った。

丁度追い打ちをかける様に、トラの打ち上げで紹興酒飲み過ぎがたたって痛風で(痛)。

そんな訳で、肉体リフォームを敢行するに至ったのである。
血圧系では...。
酒は土曜しか飲まない!どうだ凄いだろう(涙目)。
血圧計を常用し、血圧を監視。最近出回っている血圧サプリを試す。
筋肉系では、試行錯誤の上、加齢に起因する筋肉量の低下が原因ではないかと考え、タンパク質を多く摂取し、筋肉量増々系サプリを試してみた。ムキムキになりたい訳では無いので半量程度の服用です。
始めて3ヶ月、何だか身体が軽いゾ、と明らかな改善を覚える。
動悸が止まった。
ツリ易い症状が出なくなった。
肩の痛みがいつの間にか無くなっていた。
練習メニューをこなせる様になった。
おいおい、なんだかヤバくない~っ、かなりね。
物事、好転すると全てがポジティブに変わる。ヤル気も上がるし、攻める気にもなる。チャレンジングであれば結果も出て来る。一時の落胆さえ、一連のチャレンジの中での価値ある行程だったかと思えて来る。
そう言えば、タバコも同じ様な理由でヤメたんだった。
まぁ、いずれにしろ僕の身体能力はかなり禁欲的管理を必要としてるのは確かだ。
このままだと長生きするのは間違いないな。

週イチの酒が女々しいって?いえそこは僕らしい...。


2017年4月7日

身も蓋も無い話

昨年暮れの大会でのことである。そういう挑戦だとわかって泳いだ結果だが、タイムがイマイチだったし時間が経過しすっかり忘れてしまっていた。そうした中で先日カントクから突然の告示を受けた。
FINA国際水泳連盟 Masters Top 10 Rankings についにランクインしたという。
えっ!!!!!。
エクスクラメーションマークを幾つ重ねればいいだろう。
まったく頭に無かったのでさすがに心底驚いた。すでに15年程泳いで来て、金メダルにも大会新記録にも嬉しいのだが驚く様な事では無くなっている。初めて貰った金メダルでは、そう、想像の範囲で大きな喜びではあって、元気なオッサン達のドングリの背比べで楽しんでもらえたかというご褒美だったと。
そんな感じでタラタラ楽しんでいた水泳道楽だった。
それがいきなり世界10位って...想像の及ぶ範囲を超越してしまっている。地球規模!.70億以上の人間が居て競技人口200カ国1200万人が泳いでる中だよ。頭位60センチあるデカ頭の僕だけど、激しく混乱した。

800mフリーリレー。1人200mクロールで泳ぎます。4人組みで合計年齢240歳!以上というメデタイ枠です。
僕と近い2人のオッサンと組み、余った年齢分ギリギリの若者を1人入れた。そういう作戦で、皆持ちタイムを皮算用し僅かな可能性を見込んで挑んだ。結果、僕のは予想タイムに15秒届かなかったのである。
自分を褒めたいという気は起らない。
だから...人には気恥ずかしくて言ってない。
とは言っても家族には大いに自慢してしまった...♡。

こう言っては身も蓋も無いが早い話し若いのが頑張った結果ですって。

2017年3月22日

右肩上がり

マスターズ大会で400m個人メドレーに出場した。かのハギノ君が得意なヤツだが僕の実力を考えればまったくヤバい話である。
無論最初のバタフライ100mが関門だ。この種目、100mに出た事も無いのにその後に300mも泳がなくてはならない訳で、ゆっくり泳げばどうにかなる話では無くバカな挑戦であることはどう考えても間違いない。
なぜこう無謀な事になったかというと、我がクラブではチーム内での歴代の記録が各種、各年齢で挙げられていて皆の指標にされている。そのリストでいくつか空欄が存在するのである。
つまり誰も未だ挑戦していないってワケだ。ということは完泳すれば即、新記録となるのである。これは全国に展開し会員が多い我がジムクラブにあっては実に名誉なことなのだ。と思う...いや、そう諭された。大会の打ち上げで。空欄だったらとりあえず行ってくださいと、いう顛末である。
乗せられ易い素直な性格は60過ぎても変わらない、いやより易くなる傾向にあるか。それと共に既にリストアップされてるタイムは全て僕の手の届く物ではなく、空欄だからこそ名前が載る!面白いんじゃない。って言うスケベ根性も右肩上がりっす。

さて、実際はジムのプールも市民プールもそれなりに人が居てクリアな状況で400mを通しで練習が中々できないんであった。焦った。準備期間は2ヶ月あったのだけど、ちゃんと泳げたのはわずか5本だけ。ペースも何も解らないまま大会当日を向かえてしまったのでした。
Flyでは入水で脱力し、心肺系負担を軽減する為にクイックターンは無しで、Fly後のバック50mは回復に当ててゆっくり泳ぐ作戦です。
そういうあれこれ考え事しながらスタートしたのがいけなかった、何とゴーグルに浸水というとんでもない事態に!。これは事件です。
あたふた迷走する脳みそを落ち着かせ、慎重にバタフライ。
ターンがヤバい。目が悪いのと合わせて壁が良く見えない。
勿論となりのレーンも見えないので、自分の順位も解らない。
そうして背泳ぎへ。
水の入ったゴーグルは上を向いても水の中...。
頼りの5mフラッグが見えない。ターンはほぼ勘!。身体ごと壁に当ったり、肘を厳しくぶつけたり。それでもえらいこっちゃなぁ〜と案外腹が据わる。そして気持ちは途絶える事無く残りをこなし、無事400mを泳ぎ切った~。
いつもの様に電光掲示板へ振返っても水の中...。
ゴーグル上げて水を抜くと目に飛び込んだのが8分切り!3位!。と望外の結果。何が起るかわからないのが僕のレース。久しぶりに嬉しい結果に浸れました。

恐ろしいことに200mバタフライが空欄なのですよ。ど~する?。

2017年2月7日

カメハウスの朝

さぶ~。
冬用の寝袋を出して電気敷き毛布をonにし、着のまま半身を突っ込む。
ぬくぬくと気持ちがいい。
案外ケッコウじゃないか。
マイナス20度はいけるな...。
思考は完全に常人の域を逸してる。

酒は半分を過ぎた。
そしてついにはそのまま横倒しになって夢の中へ。

ガーガー煩くて目を覚ます。
ああ、重三さんか。
友人がゲレンデ監理を請け負っていて、シーズンは徹夜でゲレンデを圧雪しているのだ。3時を過ぎると山の上方から降りて来て、麓や駐車場廻りを除雪する。苦労を思うと恐縮だが、煩くて寝てやしれない!。
ふと小用を覚え外に出る。
トイレが遠いので、夜は近場で済ますのだ。
空気はキーンと冴え渡り、星空は綺麗を越えて夜の天井がボロボロになったかの様で、黒い部分が少なく見える。
山のあちこちに圧雪車のヘッドライトが踊ってる。
こういう状況に身を置ける境遇にすごく満足を覚える。思わず深呼吸。脳みそをPラムクリア。

さてと震えながら雪の階段を下りて小屋に戻る。笑っちゃうけど室温は外と同じだ。
雪を落として寝袋に突入。

カーテンの隙間から差し込む朝日で目を覚ます。
あぁ7時。

寝袋から手を延ばしてポットのスイッチをon。
昨日のカップをティッシュで拭いてネスカフェ。
見た目程旨く無いパンをかじる。
アイスBOXに入れ忘れた物は全部凍っていて食べれないのだ。
隙間から這い出て来たカメ虫の残党を掃除機で吸い取る。

一晩で完全に山男に変わっていた。
エベレストだって行けそうじゃないか。

リフトが動きだし、アナウンスが呼んでいる。
冷えひえカチカチのラングに手こずる。
今日は目一杯滑るぞ~。

2017年1月26日

カメハウスの夜

家族の事件で二年空けてしまって、ようやくスキーに来る事が出来た。
腐ってしまったかと心配だった、我が別荘!カメハウスは取りあえず無事であった。
少ないと思われていた雪、年明けからの寒波でご覧の通り半分埋もれている。雪荷重がたたって少々ナナメってるし、外壁も痛んでいるが可愛いもんだ。長年って思い返せばすでに25年目かな、家族で作って修理してと手をかけて来たのでこいつも我が家の一員だ。

2CVを50m手前で止めて、スコップを持ち出してラッセルする。小屋に到達し、入り口を開けるのに30分。まあ普通、大した事は無い(大汗)。
何故か鍵がなくなっている?。
隣人が使ったのかな?。内部に問題は起っていない。
だいたいこの村に鍵はいらないし。
ぶつぶつ言いながらコードを持ち出して隣家のコンセントにつなぐ。電気は引いてないので25年隣の世話になっている。
裸電球がホワっ~とオレンジ色に灯る。
空き家にも灯が灯ると生を吹き返したかの様である。
まずは3年ぶりの掃除から。掃除機を引っ張り出して徹底的に!。
この地域では小屋の名前にもなるカメムシが多い。大発生の年には掃除機が2回満タンになる!。今年は100匹程度かな、普通だな。
ふと天井を見上げると奇怪な塊!が目に飛び込む。
メロン大の蜂の巣だ!。ぞ~っとして凝視するも蜂の気配が無い。あはは、こいつも空き家なのだ。それでも少々怖いので巣はそのままにいじらないことにした。何でもイナカでは蜂の巣は縁起ものと言うし、家族を連れて来た時に見せたいし。でも来なかった2年、もし来ていたら確実にやられていたのだろうな。家族の不運も僕の幸運だったのかしら...妙な気分。
さて、荷物の運び込み。
旧いフィッシャーに旧いラング、私物のバッグ、食料のアイスボックス、石油タンク、そしてご近所さんへのお年賀の品。
雪まみれになって息が弾む。
往復の度に通路が踏み固められ転ばなくなってくる。

次に暖房機のチェック。
給油を済ませボタンを押して点火...着かない!。
絶叫した。
夜はマイナス15度は行くこの場所では死活問題だ。
あれこれいじくり回して、結局、外部に突き出た吸排気筒が、屋根の落雪で折れ曲がっていた。
仕方が無いか。
予備の電気毛布を確認し、このまま逗留することにする。
村の友人に助けを求める最後の手段も残されているが、こんなとこで暮らす奇行を笑われてる関係でおいそれと弱みは見せられない。この程度、鼻で笑ってこなさなければコケンに係わるのだ。
事実、翌日それを知った友人の目つきには確かに尊敬の色が混じっているのを見たし。

次は給水システムの復旧。
と言ったってポリタンクに水を汲みに行き、流し台の上に上げて蛇口を捻る...折れた!。
いやー参ったな。これもすぐには直せない症状だ。
まぁ一人だし、炊事しなければ問題は無い。
一応の引越が済み、何はともあれ湯を沸かしてコーヒーを飲む。
さぶ~。
寒さに急かされて峠の向こうにあるいつもの温泉に行く。

何だか都会の垢が落ちた気分になる。
ひとときの温もり。幸せだ〜。
帰路は暗くなって気温が下がり凍結が始まっている。怖々と、そしてジモトの車をぶっちぎる。2CVではこんなシーンでないと気晴らしは出来ない。

独りだとココではマトモな物は食べない。
先ほど町のマーケットで出来合いを買い込んできた。オカラの和え物、ホウレンソウのおひたし、もやし、焼き肉、が今夜のメシ。
ジモトの酒「会津」一升。これさえ在ればいいのだ。
電気毛布を膝掛にしニット帽をかぶり目一杯着込み、KeithのItalia SoloをBGMに、カセットコンロにフライパンを広げチリチリ肉を焼き、酒を煽り、本を読む。
トロリと本に溶け込む。

静かなことに気付きふと外を見る。
リフトが止まっていて、アナウンス音も静まり、食堂の灯も落ち、スキー客の車もなくなっていた。
音が無い。
空は期待通りに星が降るようだ。
明日は晴だな。
火のつかない暖房機でもデジタル表示に氷点下の室温だけが煌々と疎ましい。
さぶ~。

2016年11月10日

スプリンターの憂鬱

水泳の話だが、所属チームを移動してはや半年が過ぎた。
このチームは凄くまじめで真摯に競泳に取り組んでる方が多いんである。週二回の全体練習は無論の事、他の日もほぼ毎日、夜に時間合わせて集まって結構な量の練習を楽しんでいる。大会も月二回出る方が多いし、大晦日には108本、そして元旦から泳ごうぜ~みたいな...(冷汗)。
そういう空気に引きずられて僕も...(いったいいつ飲むんだ?)。

僕は水泳始めてから今まで、数年ごとに種目を変えてやって来た。自由形から始めて、バタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、そして個人メドレーと。ついに一巡してネタが切れた!。
さて来年はどうしようなんて時期に移動したのがきっかけで、最初に戻る事になりそうな気配濃厚。普段の練習は自由形がメインなのだが、上手い連中に囲まれて必至こいてるうちに悪いクセに気が付く様になる。まだまだ改善の余地があるんだよね。キビシイ練習に身体も上がって来た。いろいろ工夫してFrが楽しくなって来ている。
ずっとやって来た瞬発系は未だ悲惨だが光が見えて来てるし、何と言っても今100~200mが楽しいんである。心肺系が先天的に弱いので避けていた分野だけど貧弱な体力とスピードのバランスを戦略でカバーする術を覚えて来てそれが面白い。
とりあえず12年前の200Frから15秒落ちの現状だけど何処まで詰めることができるかなって、今週末のレースが楽しみなのだ。
短距離のタイムが低迷し、オープンウォーターやトライアスロンにハマっていたけど、スプリントへの興味が復活です。

最近血圧高いしキツい練習のピーク時に脈が...動悸って言うんだろうか!?ちょっと気にしていて近頃休日しか飲まないんだ...(^_^;)。

2016年9月21日

F1シンガポールグランプリ

スズカや富士も考えたが実現出来なくて数十年。ようやくFIGPを初めて見に行ことが出来た。

実は、息子の招待なんである!。
まだ来た事が無い僕独りにとヒコーキチケットとGP3日間のチケットが送られて来た。あいつシンガポールに赴任して6年目。いったいいくら稼いでいるか知らないが...それにしてもまさかの招待にまったくタマゲた。63歳とはいえやたら元気な為か子供の世話になるなんて想像もしていなかった。何を考えてか?子供の気持ちに思いを巡らすが今更ながら良く判らない。断る事も考えたが、素直に受け入れるべきだなと改めて気持ち良く世話になる事にした。妙にドキドキした。

金曜早朝に着いて、さっそく孫が学校に行ってる間に観光で市内をブラリ&舌鼓。夕方はもったいないが孫が一番とFPはキャンセル。
土曜は、孫の運動会を観戦する(これがメイン催しです)。
そして夕方全員でGP予選を観戦する。何も知らない息子家族にF1の見所を講釈し大いに盛り上がる。舞い上がるかな。
僕はアロンソの活躍に大興奮。車好きの孫はレッドブルが好みらしい。
日曜は朝からコンドに付いてるプールで一泳ぎ。長辺50mはあるので結構気合いが入る。この日は一人で街を徘徊した。電車が乗り易く何処でも行けるし、タクシーも安いし、治安がいいし、何処に入っても安くって美味しくて、こんなに初心者にやさしい国は他にあるまい。日本以上と、過言ではない。超近代的な建物は地震が無いココでは華奢過ぎて気持ちが悪い程で、それより建国50年とはいえ残ってる旧い建物に惹かれてしまい自然と脚が向く。
そうして夜に息子と合流し2人でグランプリ決勝へ。観戦はビール片手で最終コーナー立ち上がり付近、ポディウムの真ん前だ。流石に本戦、前日とは違って2時間前に行ったらすでにメチャ混み。チョイしまった。それでも市街地コースは非常に近く大迫力だし、照明に照らし出されるバトルは実に艶やかだ。やはりTVはTV、実物は違う、大いに楽しめて2時間がアッと言う間に終わってしまった。
混んでいて食事する間が取れなかったので、酒の苦手な次男坊と初めて居酒屋に寄った。そういえばいつも皆一緒で、こうして2人向い合うのは楽しくて大切な時間に思えた。
千鳥足で帰宅する。
月曜は、朝一泳ぎしてから全員で遊園地へ。昼はチキンライス。今日が最後と孫達と大いに楽しんで、夜はチリクラブ♡。お土産を買い込んで空港まで送ってもらった。感傷的になりそうな気分を押さえる様に、孫が疲れてるからと出発まで待ってないでさっさと帰らせた。

何だか...別れは心にしみた。来年は帰国できるという。

2016年9月14日

お先にどうぞ

9月は忙しい。2週前の木更津の疲れから立ち直ったばかりだというのに。

立川で行われるトライアスロンについにRossinで参戦がかなった。レース用の改造始めて1年、念願かなって喜び倍増のレースになった。もうすっかり慣れたスプリントディスタンス25.75キロのレース、ただ走るだけではつまらい。今後もこの距離はこのマシンで楽しむつもりでいる。
当時のレース界トップメイクス、いわばフェラーリF1だったとは言えなんせ40年前のマシン、今時の技術革新から見ればその差は歴然、痛感させられたのは予想通りでした。
車重が重いのは無論だが、一番キツかったのはギアレシオ。7速と今の11速とはこんなに違うのかってぐらい。平地ではギア比が合えば差は無いが、上り坂、コーナーの立ち上がりになれば手に負えない程のスピード差。毎年の経験から年齢区分的にはバイクで抜かれる事はほとんどなかったのだが今年はみごとにぶち抜かれて行く。差があり過ぎて悔しくもならない。どうぞどうぞお先にどうぞってな具合でした。
開き直って自分のバイクに気を向ければ、いいね、チューブラータイヤ。高圧11BarのTUFOでさえいつものWOミシュラン7Barより確実に転がり滑らかな乗り味に気持ちいい。鉄のフレームのしなり感も感覚に合って一体感を醸し出す。鉄とコンポのアルミが共鳴する操作音も五官に馴染む。ディスクホイールのうなり音は非日常的に刺激的。
抜かれながらであっても、うっとりしながら漕ぎまくる実に妙な感覚に浸る事が出来た。
失敗は、ハンドルが低過ぎて首が酷く疲れ、DHポジションを長くキープ出来なかった事。ハイドレーションホースが5㎝短過ぎた事。
今後の課題はギア数を補う、コースを絞った超クロスレシオを探す事。

来年に向けてまた楽しみが見つかった。e-bay,ヤフオク首っ引き。

2016年8月30日

女神を追い越せ

スタンダードディスタンス3種目合計51.5キロ。オリンピックディスタンスと心地良い言い方もする。
これは僕の肉体の限界を示す。そうは言っても、いつの間にかこの距離は3戦目となった。前2戦は完走出来ている。僅かに余裕ができたのか、単なる慣れか判らないが自分の痛み方を計れコントロール出来る様になって来た。

スイムは1.5キロ。
波はまったく無くて泳ぎに心配は無い、次の種目を考えて疲労の程度を調整する様に目標30分に設定。実29分と予定通り。疲れもそこそこにトランジッションまで小走りに。
バイクは40キロ。
オリンピックTVで見る種目変え時の数秒の早業とは雲泥の差。ウェットスーツを皮膚から引き剥がす様に脱いで、地面に座ってバイクシューズを履いて、ヘルメットを付けてサングラスをかけ、補給のジェルを飲む。この身支度を休息とも言える1分はかけてスタート。
乗車して、あれっ、ハンドルがふらつくのを感じ風が強いのにハッとする。
ここは広い飛行場。遮る物が無くって風が一直線に体当たりしてくる。最初の直線が向かい風。ギアを下げて目一杯踏ん張る。20キロがやっと。そうしてコーナーから滑走路へ出る。一気に追い風に転換。スピードが乗る!。2段飛ばしでギアをカンカン上げ45キロへ。
超~気持ちがいい。1.5キロの滑走路は快感だ。
良い事はすぐ終焉を迎えるのが人生、ヘアピンで逆方向に。ギアをロー一杯に下げ、身体を低く構え、踏ん張る踏ん張る。それでも20キロを保てない。元々踏み込む力が無く、回転数で走るタイプ。追い風では他者を気持ちよく追い越せるが、向かい風ではその罪とばかりにガンガン抜かれてしまう。
もがく~。
3周目から身体が悲鳴を上げ出した。股関節がヤバい。次の周には腰も痛み出す。
これで無理したら走れなくなるかもしれないと判断して向かい風では2割ぐらい力をセーブしてみる。痛みが許容範囲に落ち着く。
さて、サイクルメーターがおかしい。いつもかなりショート表示だが、いつも以上にショートだ。周回の確認に不安になる。判断出来ないので暗算よりさらにもう1周する。前回の20分落ち。いまでも判らないけど1周多く走ったのかしら?。まあ失格よりマシ。
降車後よろけながらトランジッションへ歩いて行く。
バイクをラックにかけ、ユックリ休息を取る様にランシューズを履く。腰を大きくストレッチし、気持ちを切り替えてスタートする。
ランは10キロ。
腰痛、股関節痛を抱えてまともに走れない。3種ともそうだが、次の種目の筋肉が正常に機能しだすのには少々時間がかかる。ランでは今まで1キロかかったが、今回は股関節が酷く疲労し中々ラン状態に身体がフィット出来ない。5キロ過ぎてようやく機能し始める。それでも51.5キロはヤバい。毎回この辺りから気持ちが折れそうになるのだ。
歩いてる人を見ると僕もちょっとでいいから歩こうかな...ぜったい歩かないのが目標だ、と気持ちが揺れ始めて来る。限界、どうにもならない壁を触れながら走る。

神の仕業か、女神降臨す。
スレンダーで長髪をなびかせながら突然僕を追い越して登場し15m先を行く。なぜかそれからはスピードが全く同じで距離は2周しても変わらない。ちょっと華奢げな内股の長い脚♡。ロックオンしてついて行く。一人じゃないって感じ。凹んだ気分が持ち直す。
ストーカーヨロシク淡々と周回をこなし、ようやくのゴールが見えて来た。女神はまだ周回が残っていたのか、分岐点でサッと消えて行ってしまった。そう、僕は救われたのだ。そして3戦完走という自信まで手にする事になった。

後ろ姿だけ...心残りだ~。追い越すスピードが必要だ!。

2016年8月10日

目から鱗

恒例の軽井沢で夏休み。
浅間山に登った。
毎年来ていて友人を誘うのだが誰も付き合ってくれず、今年ついに念願が叶った。でも噴火警報レベル2。火口から2キロは入れない(涙)。それでも行こうと娘グループに誘われて敢行する。
浅間山荘からスタート。第二外輪山を越えて山頂を望む樹木が低く少ない場所に入る。すると雲がかかって雨粒が落ちて来た。そして雷が多いとは聞いて来たが、まさか頭の上を雷鳴がグルグル回っている感じ。怖くてこれ以上は進めない。逃げる様に下山した。
たいした山じゃない的に言われるが、どうして地形の変化も楽しいし、日帰り登山にはちょうど良い行程だ。
来年の登頂を誓う。

翌日は、中軽井沢駅前で代々続く有名な蕎麦屋へ蕎麦喰いの友人を連れて行く。ご覧の通り、凄いもりそばが出て来た。長さは10センチ程に切れていて、幅は3ミリ〜10ミリとバラバラ。これが売り物かと目を疑う。20年前に来た事があるが、もう少しは揃っていた記憶。そしてたいして美味く無いと思ってきたが、悪化してるかしら。
30人は入ろうかという店内で昼時は行列も出来、長テーブルに詰め込まれる。前回同様がちゃがちゃしい程のにぎやかさ。酒は一人1本までしか頼めない。さっさと喰って出てくれ的な空気だ。それなのに生粉打ち(と思う)で出す気合い。かなり高齢の主人と職人さんが麺打場でほぼ休み無く格闘している。
すげ~。
完成度の高い東京の名店とは対極だ。細かい事言わずにいいから喰ってみろと言わんばかり。
で...美味しかったのだ。
いいんじゃない。田舎で、田舎の感性で昔からやってきた通りにゴツい蕎麦を出す。カタチ何ぞ気にかけずウソの無い仕事をする。こういうのアリだなと感心した。

僕の蕎麦も改めて見直そうかしらと、衝撃を受ける。

2016年7月4日

流れる月日

毎年参加してるオープンウォータースイム(OWS)大会が鎌倉で行われ今年も懲りずに参加してきました。
前線に翻弄されたコンディション。朝イチの3キロの部は1.5キロを2周回する。1周目は順調な水面でしたが2周目には風が出始めウネリが強くなって泳ぎずらく変化。
海は生きてる。
午後の最終レースに至っては安全の為距離を短縮しなければならないような状況にまでなった。
地球の鼓動に触れる醍醐味。
プールでの純粋な水泳競技はさしずめサーキットレース。OWSはパリダカールラリーかしら。
2000年から始めたOWS。我が町の水泳まとめ役みたいな方から頼まれて好き者達をまとめるように参加をリードしてきたが、数年前から徐々に控えめにして、今年ついにヤメてみた。実際ヤメてみても何の問題も起らない、あれっ。好き者達も15年経てば状況も趣向も変わってしまうものだ。それが月日の流れ自然な事。
一段落ということだな、ほっ。

それに比べ、自己ベストだとか相も変わらずな己が正直笑える。