2015年10月15日

膝枕が無い

だいぶ涼しくなってきました。
冬を前にしてちとイタズラです。

山に居る友人から松茸と自分で釣ったイワナを薫製にしたという素敵な贈り物を頂いたのが事の始まり。
これはぜひ炭火であぶって食べたい♡。
ということで若い時仕入れて、子供が生まれて危ないのでしまっておいた長火鉢を引っ張りだした。
今は子供達は巣立ったけど、ワンコがいて居間には置けない。
しかたなく仕事場に持ち込んだ。
イステーブルを座卓に替え、火鉢をセッティング。
実際、イワナ薫製は素人とは思えない完成度で素晴しく美味しく頂けました。

これで気分がノッタ!。
何か足りないものを感じる。
そうだ!と、コレ又しまい込んであった旧い建具を持ち出した。
明治頃の京間仕立ての5尺8寸の千本格子戸だ。
当たり前だがまったく寸法が合わない。
框を継いで丈で8寸ほど下駄を履かす。
幅はご覧の通り不揃い。
この間の違いを逆手に全く違う障子戸を造る。相性を気にして紙を太鼓張りにし、コシには藍染めの古布を妻に張ってもらった。
かなり自己流の手抜き造りであるが、案外精度高く出来たな。
テーブルは火鉢に合わせてカット。
板の間なのでごろ寝出来る様に素朴なラグを3枚重ね敷いた。
先日頂いた古扇風機、江戸箪笥も加勢。
アカリ提灯も本領発揮。
何ともいえない時を超えた空間になった。ほっこりってこういうことだな。隠れていた日本的感性を認識する。

そうして毎晩炭をおこして、干物なんぞアブリながら燗酒をちびちびやっている。パチパチとはぜる赤い炭を火箸でつつきながらKeith Jarrettを聞き流す。
秋の夜長、膝枕も...いいかな♡
ジッとしているのが苦手な妻には望むべくもない。

あの~ここ事務所なんだけど!?。
堅い事言わなくても...

2015年9月20日

足裏大研究

僕の足は見栄えは別として、ガラス細工並みに繊細だ。華奢と言う手もあるが、貧弱と言っても間違いは無い。
ランを初めてまず、アシックスのDSトレーナー。
足裏筋膜炎に悩まされた。そのために前足部の柔らかい靴に拘ってニュートンに巡り会う。
コイツがかなりいい具合で僕に合っていた。
そうしてインソールに考えが及んで、シダス社のラン用を敷いた。
これでまた一層良くなった。
取りあえず何の故障も起こさず12キロはこなせる(それ以上は走った事無いけど)様になった。
ただ足の小さな僕にはサイズ少々ゆるめで、裸足で履くトライアスロンで靴擦れに苦しんでいた。だからしてショートディスタンスに出る様になって懲りずにアシックスの中でも一番クッション性の高いカヤノに替えたわけだ。
文句とおり練習でも快適だったし、初戦の木更津でも気持ちよ走っていた矢先、なんとまさかの腸頸靭帯炎に見舞われた。
この炎症は膝の靭帯がブレて膝関節とこすれ合うことで痛みが出る。いままで自転車でしか起らなかった症状だったので、ちょっと焦る。まぁそれもあるかと、その以後の練習にも履いていたら...いつも決まって6~7キロから膝が痛みだす事が判明。
インソールを抜いてみると、厚くてふわふわだ。カヤノの前足部の柔らかさの大半はインソールが補っているのが判った。
この柔らかさが災いするのか、膝のブレを引き起こす原因の様に思えた。
そこでシダスのインソールと替えてみる。
痛みが出ない!。
どうやら核心にたどり着いた。
さらにインソールのカント調整にチャレンジ。
手持ちの扁平なインソールから着地圧の掛からない部位を矯正する為の調整ソールを削り出し。イン側の厚い部分で3ミリ、くさび状断面に削って既存のインソールに張った。
う~ん、中々のもんだ。試走したら具合がいいのがすぐに判った。
これだな。こういう事だな。
あれこれ試し、結局カヤノにシダスのインソールとし、カントソールを貼るのがBest仕様となる。

試走に出たいのだけど、もう筋肉痛でムリ~~。最終判断は先送り。

2015年9月2日

お子様大作戦

木更津の自衛隊駐屯地の中で行われたトライアスロンに出てきました。
よく基地を借りれたものだと思ったら、案の定パンフに政治家の名がいっぱ~い。
何だかきな臭くなって来た日本。先日の米軍横田基地マラソンといい、軍隊の広報活動にうまく乗せられてる感いっぱいだけど、トライアスロンもそれだけ一般的になってきた証だろうな。

信条はさておき、二度目のオリンピックディスタンス51.5キロです。不思議だが一寸余裕が持ててる?!。
この日は生憎の雨!。それこそが最大の難関。
3種目とも泳ぐようでした。
降り出しそうなドンよりとした重く垂れ込めた暗い空、海も汚れていてどす黒くて臭い!。
まずは通しで1.5キロスイム、速くも無く遅くも無い適当なペースで順調にこなす。波のない港湾で競り合いが少なく、上位でけっこう気分よく泳げたな。
泳いでいる間は気が付かなかったけど、バイクに乗るとふと雨が落ちていた。舗装路であってもそこら中に水たまり。前車に近づくと泥砂まじりの水しぶきをもろかぶる。追い越して行ったメチャ速かった人が折り返しのヘアピンで転けている。慎重になる。それでも広く一直線の滑走路は、すっ・ご・く!気持ちがいい。こんな経験は又とない。基地を賛美するわけないけど、未体験の環境には素直に喜びを感じてしまった。
シャ~~~加速して行くと離陸しそうな...程にはならんか。

さて、バイクでのスピード維持が楽だ、と言うのが今回の目玉。
紆余曲折、非力な自身を顧みて結局デローザで参加。
そしてスプロケットを変えたのだ。今まではノーマル的12~25s。僕の出るアップダウンの少ないトライアスロンでは12から15は僕は使わない、使えない、いらないのだ。それにロー側部分で歯数が飛んでいて負担があった。
そこを改善したくて16~27sというのをポチッ。
ジュニアレシオというらしい。お子様向けなのかな。
美味しいところがクロスしてるので微妙な速度調整にも細かく対応出来てロスが減る。おかげで雨にもかかわらずペースがいい。
友人に借りている良いホイールも効を奏しているか、身体も楽で作戦大成功!。

さてさて、もう一つ目玉があったかしら...ランに。
前回の反省からシューズを替えた。アシックスの中でも最も柔らかい奴だ。痛くならない!これが目玉となるなら話が巧すぎる...。
気を良くして前半をそれなりにこなした後半、アラっ?。ヒザがカックンと抜けそうになって来た。チカラが入らない。何度も転びそうになる。ぎりぎりの体力なので、コケでもしたら凹んで立ち上がれなくなるだろうと必死に堪える。痛みも出だす。
最後の1周はまたしても心底キツかった。久々の持玉、腸頸靭帯炎、喰らってしまったよ。

リザルト総括。
スイムは2分落ち。余裕持ち過ぎ、楽しいはずだ。バイクは作戦的中で8分短縮ベストタ~イム。ランはおあいにく様の8分落ち。
結果、初挑戦だった前回のマイナス2分という顛末です。

これで今年のトライアスロンは終了。炭水化物やアルコール制限からも解放~。

2015年8月7日

無駄な努力も超Cool


2CV、僕だと80~85キロ巡航なんだけどね~、ママが運転するといつも100キロオーバー。遅いトラックにはバシバシ追い越しかけてま~す、カッカッカ!。

あまりの暑さにヘロヘロになりながら東京脱出。
家族3人とワンコ2匹で軽井沢に高地トレーニング。僕なりにけっこう真剣にやってます。
トライアスロン始めてから毎年の恒例。バイクもランもコースはいくらでもあるし、スイムはキレイな町営屋内プールが近い。おまけに浅間山の景色は最高だし、これ以上の価値は無いというくらいに涼しい!。トライアスリートにとって、まったくBestな場所なのだ。

午前中にバイク20キロ。午後は5キロ先のプールで2キロ+ランニング往復。ほとんど完璧なコンディションで夕方のビールに突入、というのがメニューです。距離が少ないと嘆かれるな、毎日くりかえすとなると此の位が限界だ。

息子とDerosa+Rossinの2台で漕ぎまくり。
それが...見事にバイクを乗りこなし、まったく歯が立たない...ついて行けない...見えなくなる、嗚呼〜。
この末っ子にもついに追い越されたか...嘆。

ママは朝からディナー創りに夢中。ほぼ完璧なタンシチュウに舌鼓。
友人持参の(高そうな)ワインで深夜まで話しが止まらない。
仕事の狭間を抜いて今年もいい夏休みが取れました。

しか~し、効果が上がる気配なし。

2015年7月7日

海は塩っぱい

久しぶりのオープンウォータースイムレースで鎌倉に行った。
梅雨のまっただ中、前日の天候は「嵐」。どうなることかと気を揉みながら会場に向かうと、やがて海が見えて来た。沖に白波は見えない!安堵のため息が出る。年寄りっぽいな。
とか...最近いちいち己に対する感想が浮かんだりするんだけど、これって悟りへの傾向かしら。それとも老化かしら。まぁいいか。
気が楽に成ってか同行の連中の会話にも冗談が混じる。
受付を済ませてレスキューの解説を聞くと、どっこい沖はウネリが強くて今日は大変だよと脅かされてしまう。
僕は波が大好きっていうくらい好きなので、ウネリ大歓迎。先の心配は波ではなくて去年の様に中止になってしまう心配の事。警報が出ない範囲の状況ならと、逆にワクワクしてしまうのであった。

プォーン、スプレーホーンの音に浜から一斉のダッシュ。
まず第一ブイまで200m。
向かい並みが高くて沖に出るのに楽じゃないけどサーフィンで言うヒザ~コシって程度で辛くは無い。やがて脚が着かなくなって泳ぎ始める。ぐいぐい波が押し寄せる。快感。
ブイはデカイ三角の風船。アンカーロープが斜めにぴんぴんに張っている。波に煽られて身体をこする様にそこを曲がってからは100mごとに立つブイを追う。
1周1.5キロを2周回だ。
浜に平行に進み始めると身体はもろに横波を喰らう。
手を抜き上げようとすると波に叩かれ、波のトップに上がればあるべき所に水が無かったり。無理して格闘してしまっては身体がもたないので、波の押し寄せるリズムをさぐる。
波先から下までコースターの様に舞う。
進路は2カキする間に45度も変わることがあって気が抜けない。コース取りは酷く蛇行する。
呼吸しようと顔を上げると波が被さって水を飲む。
あれ鎌倉はあまり辛く無い?不思議だが海によってかなり塩分濃度が異なるんだな。千葉は辛いし、東京湾は薄味。此処は田舎で出るみそ汁程度。少々濃いけど舌が痺れる事もなく...後のビールが旨かろうだ。
今日はタイムは二の次だな。
楽しもうモードにシフト。

海は広い。波ってすごい。

プールと違って自然は強大、相手があるって本当に楽しい。

「人」は惨めな程儚い。

そういう事を考えさせられるのもオープンウォーターの味わいである。

前回の12分落ち...甘く無い。

2015年7月2日

50%の実力と3%の覚悟

8月の実戦に向けてチマチマいじって最終仕様に組み上げたマシンを、昭和記念公園のサイクリングコースに持ち込んで細かなセッティングを行った。DHバーは公道では危なくて集中出来ない。ファミリーの多いのを覚悟していれば、車や逆走車や歩行者のいないクローズドコースはやはり安心です。ましてや自然ゆかたな公園の中を疾走するのは格別に気持ちがいい〜。
日曜の朝イチ、案外空いていて走れる。ただロードで走ってるのは僕一人。エアロメットまでカブって気合いの入った出で立ちでビミョーに浮いてる、かな。親子連れを追い越すのには人一倍神経を使い、驚かさない様に優しく声をかけたりした。

周回ごとに止まって、サドルの上下前後、DHバーの出、アームレストの配置からドリンク系と寸法調整の試行錯誤を繰り返す。それなりに有意義に詰める事ができたのだけど、同時に不安も抱えてしまった。デローザに比べて明らかにスピードが乗らない。10%以上の差を身体が感じる。どうしてだろうか。ベアリング系のヘタリかな。BBは見えない事を良い事に最近のシールドタイプにしてるし。ハブやフリーも高級なグリースでしっかりオーバーホールしている。だけど...これが旧いマシンの限界かしら。
レースにはやっぱりデローザで出ようかなと揺らいでしまった。
しかし一週間、良~く考えてみると原因は重量に違いない。当時モノのDHバーは明らかに重い。ディスクもギブリじゃないので重く踏み出しでキツい。このコースの高低差は大した事ないけど、常にアップかダウンしてる。シフトチェンジも頻繁。その度に脚力の無い僕には重さを御し切れていなかったんじゃなかろうか、という結論に達した。
本番は木更津の自衛隊基地内部で滑走路を使ったフルフラットなコースで行われる。走り出してしまえばこのマシンでも行けそうじゃないかしら...と気を取り直し始めている。笑える程の楽天家。

オリンピックディスタンス51.5キロは僕にとってのアイアンマン。はたして完走できる可能性はRossinにしたことで53%にダウン。一度だけ完走したことがあるというだけの軽薄な余裕分は見事に吹き飛んだ今日この頃です。

2015年6月6日

タマゴが先かしら

季節は巡る。
梅の収穫を迎え、梅酒の段取りを行っています。1本の梅がもたらしてくれる幸せに追われる休日が心地いい。

狭い住宅地。枝は剪定しないと隣地に出てしまうし、収穫だって建物の隙間に実が落ちない様に苦労してブルーシートを巡らして行います。下手に切り詰めてる為か、光琳の描くような樹姿にはなり様も無くイライラするよな枝振りだ。そう切り詰めたとて大きく成り過ぎて日当りが悪くてうっとおしい。枝は棘状になっていて触り難いし、大きな毛虫が付くので虫嫌いの娘は近づけない。この時期以外はただ邪魔でしかない。切り倒してしまおうかと何度も考える程だが、次男の記念樹だと思いとどまって今日日以外の9ヶ月を我慢してるのです。
我慢の肥やしの上に花が咲く...ごとし。
だからこその初春、蕾がふっくらしてくるのがたまらなく愛らしい。その花付き具合を見て、結実の様子を想像し、梅酒のすっぱさを思い出す。今月に入っては、青梅が膨らんで僅かに黄色みを帯びる頃合いを見計らって摘み取った。昨日は酒屋にいってアレやコレやと、随分時間がかかって酒選び。
ジンとラムにウイスキーと焼酎。どや~。

魚釣りはジッと待ってるのが性に合わない。
酒造りも待ちが長い。長すぎる。
一年待ってはいられない僕の罪に違いないが、いつも半年頃から味見が始まって、年末には完全解禁。1年経って熟成する頃には跡形も無いのが何とも悔しい。毎年同じ過ちを繰り返す僕は、心血注いだ作品の本当の美味しさ未体験...。
まったくもって2年物なんぞを後生大事にしまっておける御仁が羨ましい。

2015年5月20日

孤独な開幕戦

今年も僕のトライアスロンが開幕。初戦、横浜トライアスロンへ参加しました。
毎年応援に来てくれていた同級の旧友達が、俺らも出たいと言い出した。一人はバイク専門屋でマスターズトラックレースの年間チャンプ。もう一人はマラソン屋。丁度3種類、上手い具合なのだと、還暦軍団リレーチームを結成しての挑戦です。
僕はスイム担当。1種目だけだと気分楽々余裕綽々。とは言ってもいざ海水温19度、かなり冷たい。ウェットスーツから出る手足先と顔がギュっと縮み上がった。そして異臭が鼻を突く。都会の海がキレイな訳も無い。このウェーブには年齢区分が無く若者ばかりに囲まれてスタートする。
距離は1.5キロ、大桟橋近くから氷川丸までを2周回。いつもの様にゆっくり目でスタート。半周、身体が温まって来てから徐々にペースを上げてゆく。1周すると脚の筋肉が冷えで硬直し始め気持ちにブレーキがかかる。海では脚はほとんど使わずに泳ぐんだが、それが災いするのかもしれない。右足をかばって泳いでいたらコース取りが右方向に曲がる傾向が出て修正が度重なる。かなり無駄な距離を泳いでしまったのかもしれない。それでも意識してスピードを上げて行く。
無事桟橋ゴールに到着。
ホッとしたのもつかの間、水から上がって重力を取り戻しハッとした。あまり疲労していない...やっちまったかな。無駄に元気にトランジットまでの400mを走り出すのであった。
「パパ頑張って〜〜〜」コース脇に陣取る家族の声援を受けて、手を振りかえしながらムキに走る。
ピキピキッ!突然脚が酷く痙攣し出した。スイム中に硬直してた筋肉に無理な動きをしいた反動だろう。転びそうなのを堪えて騙し騙しリレーゾーンへなだれ込む。ヤレヤレ、僕のレースはこれで終了。

次なるバイク屋にもアクシデント発生。
女子選手が愚かにも落としたボトルを拾おうとコース真ん中で立ち止まった!。避けきれずクラッシュ。双方打撲程度、サーベロも無傷で済んだのは奇跡的だったと言う。係員呼んで救助等、ロスタイム5分。それでも案外いいタイム。流石だ。キズだらけでもめげずにレース続けたのには脱帽するしかない。翌日は全身アザだらけだったそう。イイ歳してコイツも真性アホ。
マラソン屋は初めての経験にビビって抑えめに走ってしまったと照れくさそうだが、何事も無くゴールゲートをくぐることができたのは幸いだ。お首にも出さないがコイツの性格からして人知れず練習していたに違いない。悪く無いタイムでした。グリコポーズでテープを切り会場の喝采を浴びてご満悦...持ってがれたな。
2人に比べスイムコースは遠いし同じキャップで見分けも付かず、手も振れないし写真も撮れないし声援も聞こえない。孤独なんだけどなぁ...ドローンが欲しい。

打ち上げの中華レストランは当然に大盛り上がり。当初一番乗り気の無かったマラソン屋の鼻息が荒い。今年限りのはずだったが毎年出ようと声をデカくする。強引に握手して約束させられた。
せっかくのトライアスロン、三種類やりたいなんて言えそうもなし...。

2015年4月18日

年季をコメル

今年もまたこの季節がやって来た。
去年いっぱい仕込んだマーマレードはすでになくなってしまい、1ヶ月程我慢していたので、なおのこと嬉しく、甘酸っぱい香りに唾液がしみ出してしまうくらいなのだ。
去年はどのくらい作っただろうか。100本ぐらいかな。僕用で20本ぐらいは消費する。その他は手みやげにしたり材料費だけいただいてお別けしたりで無くなった。
おおかた好評だった。それに気を良くしてヤル気満々。今年はもっと上手く造ろうかと欲をかいた。いろいろ調べたり数冊本も読んだ。
最終的によりすぐった数種のレシピでまるで研究者のごとくチャレンジした。
しか~しぜんぜん上手く行かない。納得出来ない。
まるで僕のブレストみたいで、練習すればする程タイムが落ちるって状態に頭を抱えた。今までが偶然だったってか?。かれこれ数十年、マーマレード一筋にかけて来た朝食遍歴で勝ち得た舌への自信が揺らぐ。
誰が美味しいって?どうするのが一番だってか?。やはり、情報に惑わされてはいかんのだ...とわれに帰る。気を取り直して最初の自分のレシピに戻し、最後の20本で仕込む。
これで果実が全部無くなった。結局、去年と同じ成果にしか出来なかったわけだな。

妻手製の焼きたて熱々のブレッツェを二つにガバッと割り、バターをたっぷり塗り、スイーツ並みにこれでもかって言うくらいにテンコモリにしてかぶりつくのが美味いのである。
味見はしばしの我慢。出来てから少しづつ熟成が進み、糖分が皮に浸透して馴染むのに一週間はかかる。
待ち遠しいぞ。

※追記
7日たったので今朝のトーストで試食です。今年の果実は酸味が強いな...柑橘らしさがラシいぞ、嬉しい...う〜ん、これでいいのだ!。
やはりポイントは煮込む前の漬込みにある。







2015年2月23日

納得の1汁3菜

長い付き合いのアーティスト達が山梨辺りに多く生息している。皆昭和頃から一人二人と多摩地区から、不動産の高騰や騒音問題だったりと、追い出される様に移動して行ったのだ。残念に思っていたが、それぞれ上手く定着し、深く環境と係わって生活してるようで今となってはかえって羨ましいくらいです。
彼らと年に一回の交流として味噌造りが数年前から始まった。

なぜ味噌なのかはまだ聞いてないが、凄いコダワリだし、安くて美味しいと、今年は20人程に増えた。
作家達がこのためにわざわざ造った道具を中心に、一日がかりで1表以上の全員の分を仕込みます。味噌って仕込みそのものは単純で難しく無い。素人でも楽しめる良いイベントですね。毎日の食の基本だし、食でつながるっていい感じ。
使う水はこの場所に湧き出る高尾山系の天然水。

2晩水に漬けた有機無農薬大豆を薪で蒸す。無農薬の玄米麹を塩で起こす。蒸せた大豆を臼で潰す。大豆と麹を混ぜて仕込みは完了です。これをカビを気にかけて半年も保存すれば美味しい味噌が出来上がる。

いくら最高の素材を使っても、所詮、プロの手になる一流品には洗練さで敵わないのだが、出所の判ってる食材って嬉しいじゃないか。納得出来るってのが何よりだ。食べるたびに彼らの顔が浮かんで来るのもさらにヒト味の価値。皆長生きしてくれよな。
妻のパン、僕の蕎麦、家族仕込みのジャム類、従兄弟の米、妻友らの野菜、そしてこの味噌、嬉しい1膳1汁3菜に納得する。

これに酒があれば言うこと無いが、梅酒で我慢はやむ終え無し。




2015年2月10日

実になる話

スカジャン、という響きがいつも気になるのが気になっていた。
脳みその何処かに何か刻まれてるのかしら?。
学生時代、同級達が横浜っ子だったので、夜遊びの随分を横浜近辺で過ごした。そのせいだろう、その時期に何か引っかかる事象に出くわしたかして記憶の断片となったと推測する。自分の脳みそを眺めツラうってのが大凡年寄りじみてきた証なのだが、そういう半端な思い起こしも...案外気持ちが良い今日この頃である。
あの当時としては、堅気の日本人には受け入れ難い程ペラペラピカピカな生地に富士山や虎や龍等、風呂屋の絵みたいなちょっと安っぽい図柄が刺繍してあって、夜の街で出くわす大柄マッチョなアメリカ兵がコレ着てアポロキャップってえイデタチだったりして、日本土産用みたいに思っていたはずだ。それでも自分じゃとてもじゃないけど着れないが、どこかカッコイイと思っていたのに違いない。

久しぶりの横須賀散歩。
デカイハンバーガーを食べた腹ごなしにドブ板商店街を散策してたら、すっごくイカしたスカジャンが目に飛び込んで来た。
刺繍が凝っている。龍だったり、花火だったり、まるで西陣の帯かと見紛うばかりの出来映えで、ウットリする様なジャンパーに仕立てられていた。
すげぇ~...と刺さる。
当時の品とは雲泥の差、工芸品と言える程の高貴な輝きを放っていた。
吸い込まれる様に店内に。
品の良い穏やかなおばあちゃん一人。
ブラッと冷やかしめいて居た風なのに気持ちよくあれこれと試着させてくれる。モノの講釈からはじまって、息子が日銀、孫が東大入った、等々。妻と盛り上がって話に花が咲く。
僕は女達の会話に加わるでもなく適当に相づち打ちながらジャンパーいじってると一着欲しくなって買わずに出られなくなって来た。妻も買わせる気十分のテンション。そうなのだ、僕は自分一人では洋服買いに行けない。最近ユニクロは入れる様になったけどね。だから妻にはそういう面倒を受け持つ責任感が備わってる。その上誰か、たしかスタイリストだ、に言われてから、僕にはピンクが似合うと信じ込んでいる。世辞って通じない妻。
いつのまにかアレがイイ、コレがイイなどと購入モードで品選びとなって、最終的にはやっぱりピンクの桜吹雪&アゲハチョウに決まった。
そしてあれよと言う間に驚く程値切っていた...かなわねぇなぁ。
しかしながら一応やれやれとか、買わされたとか言いながらも元来ハデ好みである僕はおおいに満足なのであった。
これで長く脳裏を浮遊しつづけた記憶の断片も一応の実を結んだという顛末。

家で広げて...うわっやっぱハデ~。さて、何処に着てく?。

2015年1月18日

セクシーポーズ

すっかりお散歩バイクになっていたRossin。
ついにトライアスロンレーサーとして復活です。
当時ものに拘ったのパーツ選定、中古で安いのはいいんだけど探すのがたいへんでした。

サドルはユニカニトールプラサドルにかなり大きめの穴を空けてみた。一度は穴空きで仕立てたが、ぜんぜん似合わない。そこでパッドと皮を通しで張って隠してみた。なかなかGoodだが、厚いパッドでボッテリ太ってチとブスっ子になってしまったか。好きなコンコールコルサでも造ってみようかしら。

ディスクホイールは安い出物に巡り会うのに一年かかった。古くてもギブリには手が出なかったな。まあ景色的に十分だろ。
このホイールは本来6速対応だったのか7速ギアだとディスク面に当たってしまってフリーが効かない。1.2ミリのピアノ線を環にして簡易なシムを造って組んだ。シムの特注も課題です。

ハンドルはITMデュアルだが、コレに入る細いブルホーンが無い。LA84が入らない。削ってしまう勇気がない。
ユックリ探すつもりで国産新モノで我慢ガマン。
オサレに、ニーパッドにもサドルと同じ皮を張ってます。
デルタブレーキのイモネジがこのリノベでついに嘗めてしまった。現在では規格外のM7㎜6角のイモネジだ。ヘキサレンチだって3.5㎜だぜ。特注出来るかもしれないがいくら掛かるかわからないので、M7ステンボルトを入手してマイナスドライバー仕様にて製作した。これが使えるイケル!ドャ。
バーエンドシフトはCレコのWレバーを使いたくて、シマノ7速バーエンドのブラケットを削って組んだが、出来がかっこわるいので要改造案件。
ギアは7速クロス(12~18T)を前50Tで漕いでみたいのだけど、チェーンリングは無いらしい。この際造ってもらおうかと検索中。
何はともあれこうしてカタチになった!。
ウットリです。

最近のかっこいいカーボンバイクを見てつくづく思うのだが、有機的造形である人体を乗せる台座としては、無機質直線的で繊細なパイプ組が最も人体を美しく際立たせられるんじゃないだろうか、とね。当時の写真で、筋骨粒々の選手がすごーくセクシーに見えるのは僕だけかしら♡。

ディスクに空気入れるのがこんなに大変だったとは。本日息子はセンター試験。1人では入れられずテスト走行に出られな~い...とほほ。

2015年1月8日

農業という芸術

こんな米が在る。
こんな酒が在る。
米屋も酒屋も知らない少量生産地消の際物だ。
首都圏に残る農家って、ほぼ不動産屋みたいに思っていたのを恥じたい。我が市内の農家数人、7人だったかな、有機とか、エコとかよく知らないがそういう認定を取ろうと努力していた。取得の為には生産量が激減するそうだ。その上で天神様のお祓い付きというブランドで勝負するんだって。
はにかんだドヤ顔に感動した。

今年のウチの正月餅はこの畑の餅米で突いた。表現し難いが、これが米の新鮮さ!を感じれるピュアなモノに出来上がった。
一家騒然。
数十年、いろいろ試したが勝るモノ無し!。
農業だってモノ造り。努力次第が出来に出るんだな、マジです。
最近こういうのが嬉しい。
縁もゆかりも無い遠くのブランド品より、なぜか喜びをかき立てる。
流通の問題?
(別な話だけど。僕は栃木の従兄弟が造ってる米を食している。当たり前のコシヒカリだけど、何故か旨い。米屋では買えない味なんだな。米の流通ってどうも?)
いいや鮮度ここに極まれリ、ってやつに違いない。此処の農協には保存冷蔵庫が無いので暖かくなったらだめだろうって...。

酒は、こういう一般食用の米を、小さいタンクを持つ奥多摩の酒造メーカーに頼んで仕込んでもらったそうだ。五百..とか山田とかいうけど、案外に遜色無い出来に仕上がってる。
糖質はほぼ分解され辛口の部類。少々過ぎたか酸味が舌に残るのが残念だけど、純米の芳香は嫌みの無い中庸な仕上がり、パワーは無いけど飲み飽きのしない物に出来ている。
今、コイツを飲みながらシミジミつつ綴っている。
まいったなぁ。

こういうのをヒイキという...では済まないな。

2015年1月6日

ガラクタとは言わせない

今年のお正月は長い。
末っ子の受験で家中静まり返っており、僕だけ遊びに行ける雰囲気は無い。従って数十年の恒例正月スキーはキャンセルと決めた。
雪と遊べない辛さを紛らわす様に、実に仕事が捗っている。
仕事ってコレだけどね。
 倉庫の奥から出て来たブツを見て、すぐボクの顔が浮かんだという知り合いからの頂き物の時代物扇風機。
動かないのでレストアする事にした。
まずは分解。
モーター周囲をばらすと結構なホコリが詰まっている。最近新聞で旧い扇風機の火災が問題になている。擦動部や通電抵抗による加熱がこうしたホコリに引火しての事の様で、丁寧に取り除き、軸受け等のグリスを塗り直す。
配線は、被覆がボロボロで漏電しそうな状況だったので交換。
自動首振り機能は、リンケージが無くなっていて特殊なボルトが折れている。首のスペーサーも無い。これでは再生不能、首振りは諦める。

バラすと内側から元の塗色が出て来た。
当時らしい薄いグリーン、実にいい色だ。
(昔33でこの色の750ジュリエッタと出会った事があったな、あの時は危なかったな...。)
こんなイイ色なのに、痛んだのを嫌ってか前所有者が黒のツヤ消しにスプレーしてしまたのだ。何と乱暴な!。
悩んだ挙句、元色に戻す事にする。
ラッカーシンナーで元色を残し黒だけ落とす様に洗う。
相当に苦労する。
出て来た状態はそれなりにハゲのある使い込んだジャンク品レベルでした。
それでも良いんだなぁ~。
1955年ナショナル製、真鍮の製品プレートも出て来た。
新しい物にはその時代に挑戦する勢いがある。それも魅力的だが、寿命を超えて時代を超えて長く生き抜いたモノには次元の違う価値が伴って来るものなのさ。塗装ハゲさえ愛くるしい景色と思えるじゃないか。
僕のハゲは...愛くるしいと言われた事は無い(涙)。

さてさて問題の電気に取りかかる。フレーミング左手の法則以来、電気との友好関係を絶って来たがこいつ程度の仕組みはどうにかなる...新しいコードで元の通りに戻せばイイんだ、簡単なことだ?。

こうして出来る事を全てこなして全体を組み上げた。
プラグを持ってコンセントに構える。爆発する?かもしれないので家中のパソコン関係のコンセントを抜いた。
慎重に差し込んで...厳かにスイッチを入れる...プル、プル、プル...恐ろしくユックリと羽が回り出した。

快ぃ感!

追記:さっそく仕事場のサーキュレーターとして使い始めていたら...10分程...急にパタパタと倍速で回り出した!。
おいおい、何がどうなってこうなるのか(汗)???大丈夫だろうか?。